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「ピントグラスに映った逆さまの一族のだれもが死ぬ。その姿を映し止める写真機は死の記録装置だ」mdash深瀬昌久 1971年8月、深瀬昌久は妻の洋子を伴って北海道北部の美深町に降り立った。彼の故郷でもあるそこを訪れるのは実に十数年ぶりのことだった。深瀬の家族は3代にわたって写真館を経営する家系で、弟の了暉が3代目を引き継いでいた。弟と妹に家族ができたことですっかり大所帯に成長した一家と再会した深瀬は、彼らを写真館の写場(撮影スタジオ)に集めて家族の記念写真を撮影することにした。しかしそれは単なる家族写真の形式に留まらなかった。腰巻きひとつを身につけた半裸姿の妻を家族の中に投入したのである。 この異様な家族写真はその後、妻だけでなく様々な女性モデル達を迎え入れては深瀬の手によって撮影が継続された。定点撮影されることによって家族の年々の変化が精密に確かめられ、それは一家族の歴史の断片を物語る記録として成立するが、その一方では随所に深瀬が仕込んだ虚構が混じる。こうして出来上がった奇妙な家族写真について深瀬が「三代目くずれである私の、パロディー」と言い表していることからも分かるように、家族写真に相応しくない要素を混入させることによって伝統的な家族写真の形式を皮肉ることも目的のひとつであった。 深瀬家を巡る撮影は5年にわたって続けられた後に中断されるが、1985年に深瀬の父・助造の年老いた姿がきっかけとなって再び開始された。その2年後に迎えた父の葬儀の日にも撮影され、1989年に深瀬写真館が廃業を迎えた日、すなわち家族四散を迎えた日を最後に完結した。当初こそ伝統的な家族写真のパロディとして軽快に撮影が開始された本作は20年近く月日をかけて撮影されることによって、結果的には一家の栄枯盛衰を残酷なほど克明に記録するものに仕上がった。 本書は、1991年にInter Press Corporationより刊行された写真集『家族』の新装版である。深瀬が生前に手がけた最後の1冊でもあった本作が四半世紀以上の月日を経て、装い新たに生まれ変わる。深瀬写真館で撮影された家族の肖像写真が撮影年順に収録され、巻末には原版に収録された深瀬による自伝と、深瀬昌久アーカイブスの創設者兼ディレクターを務めるトモ・コスガによる本作解説が収録される。
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